監査役制度
経営を執行と監督に分ける近年の考え方に基づけば取締役が主に執行を担い、監査役が監督を担うことになりますが、監査役は会計監査に重きを置いていること(しかも上場企業であれば会計監査実務は会計監査人が担うので、監査役は屋上屋となってしまう)、取締役会では投票権を有していないこと(つまり取締役が議論した内容を監査しているにすぎず、執行陣にNOを突きつけることはできない)などの理由から主に海外の投資家から監査役制度に対する不満が募っていました。
制度上の不備は、古くなってしまったルールをアップデートすることなく後生大事に守ろうとする日本人の体質からくるもので、日本監査役協会などは監査役制度の妥当性を海外投資家向けに喧伝していましたが監査役制度の実態を知る海外投資家の理解を得られるはずもなく、外部の圧力があってようやく制度改正の議論が進展し指名委員会等設置会社が誕生しました。
指名委員会等設置会社・監査当委員会設置会社の誕生
指名委員会等設置会社は、社外取締役主体で構成する指名・報酬・監査の法定委員会を設置し、監査役は廃止(監査委員会が機能を担うため)、執行役が経営執行を担う設計とすることでガバナンスを強化する狙いでしたが、残念ながらこの制度を利用する会社は現状ほとんどありません。敬遠される理由としては、社外取締役を増やさなければならないという点もありますが、指名・報酬の権限を社長が手放さなければならないことが一番のネックとなるからです。
社長が役員候補を指名し、役員の報酬を決定する権限を有しているからこそ役員は社長の意向に従っていたわけですから、これを手放してしまうと社長と他の役員は対等の関係となってしまいます。対等の関係で互いに監督するのはガバナンスの観点では望ましいことですが、それを許してしまうと社長としては面白くないということでしょう。
指名委員会等設置会社は、執行役が経営執行を担い、取締役は監督を担うことで取締役会をモニタリング・ボードへ転換することも目指したもので、これも制度が嫌われた一因と見ることもできますが、実際には執行役と取締役の兼務を認めるなどマネジメント・ボードのままとすることも可能な制度設計になっているので、制度選択において重要な要素にはなっていないと思わます。
制度移行がまったく進まないので、中間的な形態として監査等委員会設置会社がさらに生み出されました。
細かい制度上の違いはありますが、指名委員会等設置会社における指名・報酬委員会を無くしたものと考えればいいでしょう。取締役と監査役の機能は本来異なるので同じとは言えないのですが、従来の監査役に取締役会における投票権を付与したものと同じと見ることで、企業の制度移行のハードルがだいぶ下がったようで制度採用する企業が年々増えています。
制度設計拡充だけではガバナンス強化が進まない
日本の会社のガバナンスが十分ではないという問題は、それに相応しい制度が整っていなかったからという理由もありますが、取締役や監査役を会社員の出世上の到達点と位置づけてきたことが大きいのではないでしょうか。社長に引き上げられて取締役・監査役に就任するということは役員はみな社長の部下ということになり、取締役会の意思決定は社長の意思決定を追認するだけの形式的な儀式となり、経営レベルでのガバナンスは一切働いていない状況を長年許してきました。制度改正や機関投資家からの圧力にあわせて形式面ではガバナンス強化を図っている企業が増えていますが、考え方のアップデートはまだまだできていません。化粧直しにすぎない監査等委員会設置会社ばかりが選好され、指名委員会等設置会社に移行する会社がほとんどいないのがその証左でしょう。
日本の会社経営者は経営に口を挟まれるのが相当に嫌いらしく、株主対策としてはメインバンクなどと株式持ち合いすること、従業員対策としては労働組合を御用組合と化すことで社長に反対する勢力が登場しないように工夫がされてきました。メインバンクは融資の回収保全があるので、実質的な経営監督者の機能を担っていましたが、バブル崩壊後は取引先の経営監督をするような余裕を失ったためメインバンクという言葉は融資シェアが一番大きいという意味しか持たないようになり、結果としてガバナンスも野放図となりました。
機関投資家の台頭
バブル崩壊を契機に企業の株式持ち合いが解消に向かう一方、海外機関投資家が存在感を増すようになります。いわゆるハゲタカ・ファンドやもの言う株主がメディアを賑わすのもこの頃からです。資本効率の低い企業をターゲットとして内部留保の還元や会社資産売却による短期的な株主利益の確保を目指したものもあれば、より中長期的な視野で投資するファンドもあり、前者は戦略がうまくいかずに撤退するところも少なくありませんでしたが、いずれにしろ会社業績だけでなく経営姿勢にまで口を出す株主が増えました。そのため、欧米でガバナンス意識が高まるにつれ、同じ目線で日本企業を見るようになります。
バブル真っただ中の頃までは海外投資家の存在などは無視していた日本政府ですが、バブル崩壊により凋落した日本市場をアジアのハブ市場として再生させたい意向から海外投資家の意見に耳を傾けるようになります。その中で海外投資家が日本株投資を増やすには日本企業のガバナンス水準を引き上げることが不可欠と提示されたため、会社法を改正し、コーポレートガバナンス・コードを制定することで日本企業のガバナンス水準を高め、それにより日本株に流入する投資資金を増やし、ひいては国内景気を浮揚させようと画策します。あわせて国内機関投資家にスチュワードシップ・コードを課すことで各企業のガバナンス強化に向けた取り組み状況を監視することになります。
黒船来航のごとく、ガバナンス強化の動きは海外発で始まったものであり、国内の投資家や企業が自ら必要性を感じて始めたものではありません。機関投資家がチェック可能な形式面での対応については進展が見られるものの、経営者のマインドがまだ変化の途上にあるのもそのためです。渋沢栄一の精神を踏まえて経営者が倫理観を持って行動することが求められているのではないでしょうか。
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