GPIFオルタナ投資拡大や高齢者NISA創設など提言、自民党議連
この「資産運用立国」というコンセプトは岸田政権時代に打ち出されたものですが、当初より家計金融資産を使って株価を押し上げようという目的が見え隠れしているため、筆者としては疑問しか感じないのですが、そのバージョンアップという今回の提言は更にキナ臭いものになっています。
上記記事で触れているプラチナNISA・こども支援NISA・GPIFオルタナ投資拡大の3点は提言の一部に過ぎませんが、大いに疑問を感じさせる内容です。
フィデューシャリー・デューティーについて
話は飛びますが、ここでまずフィデューシャリー・デューティー(以下、FD)について説明しておきます。
企業ガバナンスにおいて、コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コード(以下、SC)が車の両輪となって、この2つの行動原則に基づき会社と株主(機関投資家)の双方が企業のガバナンスを強化することを期待されています。
運用会社も含む機関投資家が責任ある投資を行うことを規定したのがSCであり、FDはその運用会社に資金の運用を任せた顧客に対する責任を規定したものです(関連する金融機関も対象です)。
FDはガバナンスとは直接関係のある話ではありませんが、運用会社においてはSCとFDの2面から行動原則が規定されており、一方について真摯に向き合っていない会社は当然もう一方も取り組みを疎かにしていると考えられ、企業ガバナンスの周辺概念とする所以です。
FDは顧客本位の業務運営と訳されますが、これは例えば顧客から資金の運用を委託される運用会社において、運用そのものだけでなく商品設計や販売等の各段階において真に顧客の利益となるよう行動することが求められます。
プラチナNISAはFDに反する
FDは毎月分配投信や2階建・3階建と呼ばれる複雑な投信に対する金融庁の当時の問題意識が大きく反映されています。
FDには個別の商品について具体的な言及はありませんが、このことは当時のインタビュー記事でも確認できます。
金融庁が語る資産運用の高度化とフィデューシャリー・デューティー 前編
FDが導入される10年ほど前までは、毎月分配投信は高齢者を中心に人気が高く、残高の大きい投信の上位には毎月分配投信がリストアップされていました。
高齢者に毎月分配のニーズがあり、販売する金融機関は手っ取り早く手数料を稼げることで双方の思惑が合致したことが残高積み上げに貢献しました。
非常に人気のあった毎月分配投信ですが、問題点が少なくありません。
投信という商品の仕組み自体にもFDの観点からすると問題があると筆者は考えていますが、その点は置いておくとしても、毎月分配投信特有とも言える問題点があります。
高齢者が望むような分配を実現するためには、投信の運用利回りを高める必要があります。
例えば、100万円の投資で月1万円の分配を望むならば、12%の運用利回りを確保する必要があります。
これだけの利回りを確保するには利回りの高い債券や株式だけでなく、利回りの高い通貨や不動産をも投資対象とします。(リターンを高めるためにはレバレッジを高めるという方策もありますが、投信では一部のレバレッジ投信を除きレバレッジを活用することはありませんから、投資対象の選定により利回りを高めるしかありません。)
つまり、高い利回り確保が絶対的な条件となることで、ファンドマネージャーが実現可能と考える利回りを遥かに超える水準で目標とする利回りが決まってしまうと、ファンドマネージャーの目利きで投資対象が必ずしも選定されるわけでなく、健全な運用・健全な商品設計とは言い難い状況が現出します。
また、投資対象のリスクプロファイルは当然にハイリスクとなりますから、元本が毀損するリスクは相応に高くなります。
毎月分配投信という言葉が想起させるような高度な運用により安定した分配金を創出する商品とは懸け離れた商品であるのが概ねの実態です。
これに加えて、分配金は運用の成果として支払われるという誤解があります。
100万円の投資が運用の結果101万円に増えたとき、増額分の1万円が分配されるイメージです。
しかし、100万円が99万円となったときの分配がどうなるか考える人はあまりいません。
この場合は分配は行われないとイメージしがちですが、実際には投資金99万円の中から1万円が分配され、投資金は98万円に減額します(1万円の分配が可能という前提)。
実際の詳細はもう少し複雑なので割愛しますが、結論としては元本を取り崩してでも分配が行われうるということです。
毎月分配投信の商品性に伴いこれだけのリスクを負わされているにもかかわらず、分配が毎月発生することを理由に割高な手数料が設定されていることも問題です。
その手数料分も打ち返すだけのリターンを求めるとなると、より大きなリスクテイクが必要となります。
運用報酬が3%であるとすると、先ほどの例で行くと、運用報酬支払後の利回りを12%とするためには運用利回りは15%以上である必要があります。
さらに販売手数料が3%であるとすると、100万円を投資しているつもりが97万円を投資していることになるわけですから、この分も運用で稼ぐ必要があります。
結局は、元本を定期的に取り崩すだけのサービスに高いコストを支払っているだけのこととなる可能性が高いのが毎月分配投信です。
顧客に毎月分配のニーズがあることは理解できるとしても、毎月分配投信はソリューションとしてそもそも最適解ではありません。
既存NISAは高齢者でも利用できますし、販売会社が提供している資産取り崩しサービスを活用すれば毎月分配と同等の効果が得られるので、リスクとコストを下げて高齢者のニーズを満たすことは可能なのです。
これだけの問題があり真に顧客の利益とはならないことが明らかであるにもかかわらず、手数料のために目をつぶっているのは運用会社・販売会社として悪質であり、合法的な詐欺と言っていいぐらいです。
こんな問題商品が大々的に販売されている状況を是正すべく導入されたのがFDです。
NISA対象商品に毎月分配投信が含まれなかったことも同様の理由からです。
しかし、今回の自民党提言はFDを実質反故にして毎月分配投信を盛大に推進しようとしているわけです。
なぜプラチナNISAをあえて用意するのか
FDを反故にすることで10年前の状況を再現できれば、高齢者が保有する金融資産を株式に振り向けられるからです。
家計金融資産の大部分は高齢者が保有していますから、この層が動けばインパクトもそれだけ大きくなります。
しかし、高齢者の資産を株式市場に振り向けたいという目的ならば、既存のNISA制度でも十分なはずです。
実際には高齢者はNISAをあまり利用していません。
投資という言葉を敬遠する人が多い年齢層ということもありますが、大きいのはFDの存在です。
FD導入前は纏まった資金を持っている高齢者は最大の顧客ターゲットでしたが、FDが導入されたことで毎月分配投信だけでなくリスク性商品を高齢者向けに販売することの責任が重くなったため、販売推進が敬遠されるようになったことでNISA利用者が伸びていません。
株式市場に向かってほしい多くの資金がFDによって堰き止められているので、プラチナNISAで解決しようと目論んでいるのが今回の提言です。
高齢者の資産を動かそうという単純な動機から作り上げた施策と思いますが、それによって国民の財産を守るためのFDは蔑ろにされ、国家が率先して問題商品を全国的に販売推進しようとしているわけです。
資産運用業界も手数料収入が期待できるので反対する姿勢を今のところ見せていません。
FDは大切とアピールしていた経営者の方々はどこに消えてしまったのでしょうか。
FDの精神を重視するならば、各社から反対の声が即座に出ていないとおかしいのですが。
FDを重視していないならば、先に記したようにSCも重視していないことに繋がってくるので、ひいては企業ガバナンスも重視していないことになります。(政治の意向で自社ポリシーを捻じ曲げるならば自社のガバナンスこそ問題であり、投資先企業のガバナンスについて口出しする資格がそもそもありませんが。)
利用者としては、毎月分配投信を積極的に勧めてくるような金融機関とは距離を置きたいものです。
こども支援NISAは保護者のNISAで十分
高齢者と同じくNISAの活用を広げるために、若年層もターゲットとなっています。
未成年者は現行NISAでは利用が認められていませんが、以前はジュニアNISAという制度がありました。
ジュニアNISAでは成年に達するまでNISAからの払い出しは認められていませんでしたが、今回は早期払い出しも認められる制度が検討されているようです。
保護者がその資金を子供の名義で投資を開始し、資金の払い出しも保護者の判断で行うとなると、それは単なる仮名口座ではないのでしょうか。
非課税だから仮名口座は許されるということなのでしょうか。
GPIFオルタナ投資拡大は投資判断とは無関係な観点
提言の中で「スタートアップ投資等の更なる推進」という項目の中で『GPIF及び共済組合等においては、(中略)、国内のPE・VCを含め、オルタナティブ資産への投資を引き上げていくべきである。』とあります。
GPIFや共済組合は預かった資産を投資運用することで資産を増やすことを目的とした機関です。
そのためには債券・株式といった伝統的投資だけではなくオルタナティブ投資とも呼ばれる非伝統的投資にも投資対象を拡大することでリスクを適度なレベルに抑えつつリターンを高めるべく運営がなされています。
その投資判断の一環でオルタナ投資が拡大されるならば何も問題ありません。
ここで強調したいのはオルタナ投資の主目的はあくまでも投資運用によるリターン確保であって、企業支援は結果としてついてくるものだということです。
しかし、提言では主客転倒しており、スタートアップ企業への支援のためにオルタナ投資を拡大すべきだと論じられています。
これでは、企業支援のためならば投資判断を無視してでも投資残高を増やすべきと謳っているように聞こえます。
そうなると、政治目的を優先することで投資判断を捻じ曲げるのですから、運用成果が犠牲になります。
スタートアップ企業への支援を主目的とするならば、政府の政策として補助金や融資・出資によって支援すればいいことで、個人の年金等の支払いに充てる予定の資金を政治の都合で勝手に活用することは言語道断です。
これでは年金資金を勝手に活用していた昔の厚生省と何も変わりません。
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