小林製薬の紅麹サプリ健康被害問題はガバナンス機能不全を露呈

2024-04-05

小林製薬

 小林製薬が販売するサプリメントによる健康被害の問題が発生しており、深刻な被害となっています。

 原因等については調査の進展を待つとして、ここではガバナンス面からこの問題について見てみます。

 具体的には、問題発覚後の経営陣の対応です。

 当社のサプリメントのユーザーが健康被害を受けているとの一報を受けてから、公表に踏み切るまでに約2か月かかっています。

 当社は原因究明のために時間を要したと説明しています。

 原因究明に時間を要したことは事実なのでしょうが、そもそも対応としてどうなのでしょうか。


原因究明は不可欠だが最優先事項ではない

 第一報の時点では、サプリメントが原因で健康を害しているのか定かではなかったため、公表すべきか判断がつかず、原因を調べたうえで対応を決めればいいと判断を先送りしたのが実態ではないでしょうか。

 数日で原因が特定され、直ちに公表と製品回収に踏み切ることが出来たならば、この姿勢でも大きな問題にはならなかったでしょう。

 実際には2か月経過後も原因は特定されておらず、先送りの判断は完全に裏目に出てしまいました。

 原因究明は当然行うにしても、サプリメントが健康被害を引き起こしている可能性が相応にあると認められた段階で、被害拡大を抑止するために使用中止等の注意喚起をまずは行うべきでした。

 健康被害の報告が1件だけの時点で公表に踏み切ると、実は原因が別にあったときは誤報となる可能性も当然あります。

 誤報が招く混乱や会社の信用低下や事業への影響も経営陣は考慮しなければなりません。

 しかし、報告はユーザーではなく診察した医師からであったということですから、その報告内容の信頼度は高く、誤報である可能性は低いと考えて差支えなかったはずです。

 誤報による悪影響と公表の遅れによる被害拡大では、後者のほうが会社に与えるインパクトは圧倒的に大きいわけですが、当社はそのようには考えなかったようです。

 おそらくは正常性バイアスから、健康被害を引き起こしているのは当社製品であってほしくないという願望が判断を左右したのではないでしょうか。

 ユーザーのことを最優先に考えていれば、まずは原因究明という名目での公表先送りの結論にはならなかったでしょう。


公表先送りは誰が判断したのか

 さて、ガバナンス面の見地からは、公表先送りの判断を誰がしたのかが問題になってきます。

 健康被害の報告が届けられる先は、まずは営業部門・プロダクト部門・コーポレート部門のいずれかと考えられますが、その担当役員が原因究明を最優先に行うと判断したのでしょうか。

 健康被害が当社製品に起因するならば開発もしくは製造の段階で問題が生じている可能性が高いので、当該役員のみで対応を判断すべき事案ではありません。

 また、原因究明は開発部門で行うでしょうから、当該役員の管掌外の部門に指示する必要が出てくるという点からも、このシナリオの可能性は低そうです。


 実際に起きたと考えられるのは、経営会議に健康被害の件が報告され、対応について協議されたというシナリオです。

 当社のリスク管理体制についての書面では、「危機管理情報を認知・取得した場合、経営会議で対応等を協議しています。」とありますし、会社もそのように説明しているので、おそらくは規定通りの対応がなされたのでしょう。

 経営会議で協議すること自体には問題はないのですが、ここには各部門の担当役員が集うので、健康被害を引き起こしているかもしれない部門の責任者が対応の協議に関与していることが問題となります。

 開発部門・製造部門の責任者はともに自部門の責任であってほしくないという保身から原因究明を強く主張するからです。

 営業部門やコーポレート部門は製品回収等に伴う顧客対応・当局対応はできれば避けたいので、まずは原因究明という方針案に同調するかもしれません。

 社長としても公表が誤報となった場合の悪影響が気になるので、原因究明を優先する方針案が強く主張されていると同調してしまうかもしれません。

 ここまで流れができてしまうと、単純に多数決で対応方針が決まってしまいそうです。

 開発部門・製造部門は事案の関係者として対応方針策定から外していれば、顧客本位の結論に達していたかもしれません。


監査役は機能していないのか

 経営会議が保身を優先して様子見姿勢に陥ったとして、経営会議には常勤監査役が同席していたはずなので、その常勤監査役が顧客本位の対応ではないと指摘しなかったのかということも気になります。

 小林製薬の場合、同族企業ということもあり、社内から選任される常勤監査役は社長の方針に口出しできないのかもしれません。

 しかし、仮に経営会議の席上で異を唱えることが難しいとしても、社外役員を巻き込んで取締役会にて議論をやり直してもらうことは可能なはずです。

 実際には方針転換していないのですから、少なくともこの件に関しては常勤監査役は機能していないことが窺えます。


取締役会は問題を認識していたのか

 次に問題となってくるのは、この件に関して社長や他の役員は取締役会に報告したのかということです。

 会社の事業に影響を与えうる事案ですから、取締役会に報告し、必要に応じて取締役会が指示を出すというのが妥当な道筋です。


 報告していなかったならば報告の主責任者である社長の責任は重大です。

 当社の取締役会は社外取締役が過半数を占める体制で、少なくとも形の上ではコーポレートガバナンスに気を遣っている会社です。

 しかし、折角の体制があっても必要な情報が届かないのであればガバナンスを発揮することはできません。


 取締役会にて報告がされていたのであるとすると、様子見姿勢に同意した社外取締役の責任は重大です。

 社外取締役は、健康被害拡大の抑止に積極的ではない執行側を監督する責務があります。

 社長が判断を間違えている時に社外取締役が指摘しないならば、社外取締役を置く意味がありません。


 直近の報道によれば、社外取締役は初回の会見当日まで知らされていなかったとのことです。

 つまり、社長を始めとする執行側のみで対応を進め、ギリギリまで社外取締役の耳に入らないようにしていたことになります。

 当社は取締役会を月1回以上開催する運営としていますから、会見までの2か月の間には少なくとも2回の開催があったはずで、社外取締役に伝える機会はいくらでもあったことになります。

 本事案はレピュテーション・リスクを含む事業リスクに関わることですから、公表の判断とは別に、取締役会には報告して当然の事象です。

 なぜ社外取締役に知らせなかったのか不思議でなりません。

 会社は原因究明を最優先していたため報告が後回しになってしまったと説明していますが、役員全員が原因究明の作業に没頭していたはずもないのですから、言い訳にすらなっていません。

 報告しなかったことで社外取締役の知見を活かすこともできず、社外取締役としても意見しようのない状況まで事態が進んで初めて知らされるわけですから職務を果たすことができません。


形式だけのガバナンス態勢では会社の問題に対処できない

 外から見ていて分かることは、原因究明を最優先とする方針が策定されたことで公表が遅れたことと、原因究明よりも被害拡大阻止を最優先とすべきという声がなかった(少なくとも多数派ではなかった)ということです。

 そして、このことから、組織体制の中においてガバナンスが有効に働いていないという推論を導くことができます。

 にもかかわらず、先月の株主総会では役員一同の再任が承認されました。


 ここで特に気になるのは、株主総会が開催されたのは3月28日、社外取締役が本事案について知ったのが3月22日ですので、この6日間のあいだに取締役会を軽視した社長の責任を問う声はなかったのでしょうか。

 厳しく責任を問うならば、小林社長は再任しない方向性が打ち出されたはずです。

 しかし、何事もなく小林社長体制が継続しています。


 当社の社外取締役の経歴を見ていると、立派な経歴の持ち主で、そのため多くの企業で社外役員を兼務しています。

 つまり、当社1社のために割くことのできる時間と体力は限られており、したがって執行側が用意した報告・協議事項について十分に検討する余裕がないまま承認している可能性が高く、取締役会におけるガバナンスの実効性は不十分であると考えられます。

 同族企業という点からもガバナンスが働きにくい会社組織であると見るべきかもしれません。

 コーポレートガバナンス態勢を形式的に整えただけで実効性を伴わないのであれば、こういう非常事態に直面した際には機能不全を起こすだけです。

 東証プライム市場に上場する企業としては、健康被害問題の早急な原因究明と対策に加えて、ガバナンス態勢の見直しが求められます。


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