コーポレートガバナンス・コード 第1章

2022-05-28

ルール

 東証が公表しているコーポレートガバナンス・コードのうち、まずは第1章「株主の権利・平等性の確保」についてです。

※コンプライ率:『コーポレートガバナンス・コードへの対応状況(2021年12月末時点)』(東証)にて公表されている各原則のコンプライ状況のうちプライム市場選択会社のコンプライ率を記載しています。


基本原則1【株主の権利・平等性の確保】 (コンプライ率:100%)

 上場会社は、株主の権利が実質的に確保されるよう適切な対応を行うとともに、株主がその権利を適切に行使することができる環境の整備を行うべきである。 
 また、上場会社は、株主の実質的な平等性を確保すべきである。 
 少数株主や外国人株主については、株主の権利の実質的な確保、権利行使に係る環境や実質的な平等性の確保に課題や懸念が生じやすい面があることから、十分に配慮を行うべきである。

 株式会社の仕組みにおいては株主が保有する一株当たりの権利は皆平等であるため、一部の大株主を優遇したり、少数株主を切り捨てたりすることが起きないように企業は十分に配慮し、最終的には適切な議決権行使が行えるようにすべきということです。

原則1-1【株主の権利の確保】 (コンプライ率:100%)

 上場会社は、株主総会における議決権をはじめとする株主の権利が実質的に確保されるよう、適切な対応を行うべきである。 

 株主の権利は、議決権の行使以外に、株主総会における議案の提案、株主代表訴訟の提起等があり、これらの権利の行使を妨げるようなことはあってはならず、適切な情報提供や対話により適切に権利行使できるよう配慮が求められます。

 株主の権利は保護されて当然ですが、権利を行使する時は株主の考えと経営陣の考えが対立している時が多いですから、経営陣は様々な方法で権利の行使が経営陣にとって有利な方向で落ち着くよう働き掛けます。

 企業は経営に口を出さない安定株主を求めて株式の保有をメインバンクや親密な取引先等にお願いし、仮に株主総会で反対票が投じられても過半数を超えないように画策します。あるいは株主総会を他社と同日に開催することで株主の出席を難しくしたりもします。株主代表訴訟ともなれば、経営陣は何としても回避したいですから様々な圧力を掛けたりもします。

 株主側にしても、機関投資家の場合、3月決算期の定時株主総会に集中する何千件とある議決権を適切に行使するのは多大な時間とコストを要するため、議決権行使の権利を放棄(名義人である信託銀行に任せることも含む)していました。投資家が自ら有する株式について権利を放棄する分には問題ありませんが、機関投資家の運用資金の多くは最終投資家から委託されたものですから、権利を適切に行使することは最終投資家に対する責務であると考えられ、その点で問題が生じます(スチュワードシップ・コードがこの点にフォーカスしています)。

補充原則1-1① (コンプライ率:99.84%)

 取締役会は、株主総会において可決には至ったものの相当数の反対票が投じられた会社提案議案があったと認めるときは、反対の理由や反対票が多くなった原因の分析を行い、株主との対話その他の対応の要否について検討を行うべきである。

 会社が株主総会に提案した議案は法令に定められた一定数以上の賛成票を集めれば可決となりますが、賛否が大きく分かれるような議案は株主の間でも意見が割れているわけですから、会社提案とは異なる有効な選択肢があるのかもしれません。対話等を通じて反対の理由を把握し、内容によっては経営に反映させることも考えなければなりません。

補充原則1-1② (コンプライ率:99.95%)

 上場会社は、総会決議事項の一部を取締役会に委任するよう株主総会に提案するに当たっては、自らの取締役会においてコーポレートガバナンスに関する役割・責務を十分に果たし得るような体制が整っているか否かを考慮すべきである。他方で、上場会社において、そうした体制がしっかりと整っていると判断する場合には、上記の提案を行うことが、経営判断の機動性・専門性の確保の観点から望ましい場合があることを考慮に入れるべきである。

 取締役は会社経営を株主より負託しているわけですから、総会決議事項の一部の判断を取締役会に委ねると株主が決定したならば特に問題はなく、機動的・専門的な経営判断を必要とするような場合には合理性があるとも考えられます。一方、報酬委員会を設置しておらず取締役会から一任された社長が役員報酬を決定している(すなわちガバナンスに関する体制が整っていない)ようなケースでは、当該議案が総会にて提案された場合には、株主は十分な説明がなければ安易に了承すべきではないでしょう。

補充原則1-1③ (コンプライ率:99.95%)

 上場会社は、株主の権利の重要性を踏まえ、その権利行使を事実上妨げることのないよう配慮すべきである。とりわけ、少数株主にも認められている上場会社及びその役員に対する特別な権利(違法行為の差止めや代表訴訟提起に係る権利等)については、その権利行使の確保に課題や懸念が生じやすい面があることから、十分に配慮を行うべきである。

 例えば、株主が代表訴訟を検討していることが判明したならば、企業としては訴訟となること自体がダメージになりかねないため、何とかして考え直すよう説得したいところでしょう。話し合いをするだけならば何ら問題はないでしょうが、企業側がより強硬な姿勢を見せたとすると権利の行使を妨げたものと見なされ、自らダメージを拡大させることになってしまうかもしれません。

原則1-2【株主総会における権利行使】 (コンプライ率:99.89%)

 上場会社は、株主総会が株主との建設的な対話の場であることを認識し、株主の視点に立って、株主総会における権利行使に係る適切な環境整備を行うべきである。 

 株主総会は企業と株主の重要な接点であるのは当然のことなのですが、昔はいわゆるシャンシャン総会が多く、株主からの発言もほとんどないままに短時間で終了していました(そのような総会に協力してくれたお礼としてお土産が帰り際に配られていましたが、シャンシャン総会が無くなるとともにお土産も廃止とする傾向にあるようです)。

 ちなみに、筆者の若手時代には、株式を保有している社員は総会に出席し、質問者を怯ませるためにひたすら異議なしと叫ぶことが求められたりしていましたが、今でもこのようなことをしている企業はあるのでしょうか?

補充原則1-2① (コンプライ率:99.89%)

 上場会社は、株主総会において株主が適切な判断を行うことに資すると考えられる情報については、必要に応じ適確に提供すべきである。

 適切な議決権行使のためには十分且つ正確な情報が必要ですが、情報がほとんどなく経営陣の判断を信用しろと言わんばかりの総会議案を目にすることがあります。概して内部資料の作成に過剰に力を注ぐ企業のほうが説明不足に陥る傾向にあるように思います。十分な説明ができないような企業は株主を蔑ろにしている可能性があるので要注意です。

補充原則1-2② (コンプライ率:98.97%)

 上場会社は、株主が総会議案の十分な検討期間を確保することができるよう、招集通知に記載する情報の正確性を担保しつつその早期発送に努めるべきであり、また、招集通知に記載する情報は、株主総会の招集に係る取締役会決議から招集通知を発送するまでの間に、TDnet や自社のウェブサイトにより電子的に公表すべきである。

 株主からすれば総会議案が手元に届くのは早ければ早いほどいいでしょう。とくに機関投資家の場合は、多くの上場企業から一斉に届くので吟味する時間をできるだけ長く取りたいのが本音でしょう。しかし、企業としては監査済みの決算情報の確定には相応の時間を要するため、招集通知の発送・公表の前倒しには限界があります。そのような事情の中でも前倒しに尽力することが求められています。

補充原則1-2③ (コンプライ率:99.56%)

 上場会社は、株主との建設的な対話の充実や、そのための正確な情報提供等の観点を考慮し、株主総会開催日をはじめとする株主総会関連の日程の適切な設定を行うべきである。

 決算期末から総会開催日までの期間は長くなりすぎてはいけない一方で、決算書の監査あるいは総会議案の株主による検討には十分な期間を確保する必要あるという諸事情を考慮して開催日を決定することになります。また、投資家に対して企業は決算や議案内容の説明を総会までの期間に行っていますので(対話の充実ということもありますが、企業としては議案について賛同が得られるようにしたいという目的もあります)、そういったことも考慮されます。

補充原則1-2④ (コンプライ率:69.97%)

 上場会社は、自社の株主における機関投資家や海外投資家の比率等も踏まえ、議決権の電子行使を可能とするための環境作り(議決権電子行使プラットフォームの利用等)や招集通知の英訳を進めるべきである。
 特に、プライム市場上場会社は、少なくとも機関投資家向けに議決権電子行使プラットフォームを利用可能とすべきである。

 後半部分は2021年改訂時に追加された内容です。

 この補充原則については、筆者個人としては少々疑問に感じています。議決権の電子行使が可能ならば紙の郵送等に要する時間を考慮しなくていいことになるので行使期限が実質的に後倒しとなり、検討期間がその分長くなります。投資家の検討期間を十分に確保する目的と解釈することになりますが、実際には投資家の利便性を向上させることで、とくに海外投資家の保有率を高めたいというのが本音ではないかと考えています。

 企業が日本語版・英訳版を同時に公表することを考えると、英訳版が完成するまで日本語版が公表されないという問題が起きますし、時間差で公表するならば日本語版が公表された時点で海外投資家が自ら翻訳したほうが早いかもしれません(英語以外の言語版を必要とする投資家はどのみち自ら翻訳することになります)。海外投資家の比率が高くなってきたならば英訳版を検討しろと言っているわけですが、英訳版が無くとも海外投資家が増えているならば英訳版はとくに必要とされていないことにもなります。

補充原則1-2⑤ (コンプライ率:97.33%)

 信託銀行等の名義で株式を保有する機関投資家等が、株主総会において、信託銀行等に代わって自ら議決権の行使等を行うことをあらかじめ希望する場合に対応するため、上場会社は、信託銀行等と協議しつつ検討を行うべきである。

 例えば株式ファンドを運営する資産運用会社(=機関投資家)の場合、ファンド内の株式は信託財産として信託銀行が名義人となっているのが一般的です。昔は同じ名義人であれば同一銘柄についての議決権行使は賛否いずれかに統一することが事務上の理由から求められていました。機関投資家も議決権行使に関心がなかった時代ですから、一つの判断に皆従うことが慣行となっていました。しかし、機関投資家が自ら議決権を行使するようになると、同一名義人であっても保有株の一部は賛成、残る一部は反対として処理する必要があり、それに対応することを求めた補充原則になります。

原則1-3【資本政策の基本的な方針】 (コンプライ率:99.18%)

 上場会社は、資本政策の動向が株主の利益に重要な影響を与え得ることを踏まえ、資本政策の基本的な方針について説明を行うべきである。 

 例えば増資を行う予定ならば、増資により調達した資金は何に使うのか、増資後の株主構成や保有比率がどう変わるのか、といった説明が求められます。友人から小銭を借りるのとは訳が違うのですから、株主から資金を調達するに際して説明をするのは当然のように思うのですが、企業によっては経営の自由度を高めるためなどの一言で済ましてしまおうとするところもあります。上場前ならば許されるかもしれませんが、上場企業がこのような対応をすれば経営陣に対する不信が募り、株主に喧嘩を売っていると思われても仕方ありません。

原則1-4【政策保有株式】 (コンプライ率:94.12%)

 上場会社が政策保有株式として上場株式を保有する場合には、政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針を開示すべきである。また、毎年、取締役会で、個別の政策保有株式について、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした検証の内容について開示すべきである。 
 上場会社は、政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための具体的な基準を策定・開示し、その基準に沿った対応を行うべきである。 

 政策保有株式は様々な理由から企業が保有している株式ですが、ここで念頭に置かれているのは株式保ち合いによる保有分でしょう。親密な取引先等と互いの株式を保有することで安定株主を確保することが目的となります。安定株主を確保すること自体はすべからく否認すべき保有目的ではありませんが、保有することによる経済合理性はないかもしれず、定期的に検証することが求められているものです。

 また、保有しているのが親密先の株式ですから、議決権行使に際して反対票を投じるのは取引関係に影響しかねないため回避する傾向にあると考えられますが、ここでは具体的な基準を予め開示しておくことで政治的な判断が入り込まないようにすることが求められています。

 政策保有株式の保有は他に、上場子会社・資本提携・純投資といった目的が考えられます。

補充原則1-4① (コンプライ率:99.67%)

 上場会社は、自社の株式を政策保有株式として保有している会社(政策保有株主)からその株式の売却等の意向が示された場合には、取引の縮減を示唆することなどにより、売却等を妨げるべきではない。

 原則1-4において政策保有株式の保有について検証した結果、保有継続できないと判断されれば売却等に向けて動き出すわけですが、相手先が安定株主で在り続けてくれることを期待しているならば売却を何とかして防ごうとするかもしれません。もっとも、政策保有株主として売却を打診する以上は、取引の縮減といった報復措置も考慮の上でしょうから、改めて示唆したところで再考を促すのは難しいのではないでしょうか。

 面白いことに売却後の報復措置については何も言及がありません。売却さえ滞りなく完遂すれば報復しても構わないということでしょうか。

補充原則1-4② (コンプライ率:100%)

 上場会社は、政策保有株主との間で、取引の経済合理性を十分に検証しないまま取引を継続するなど、会社や株主共同の利益を害するような取引を行うべきではない。

 例えば上場子会社の場合、最大株主である親会社が取引条件を決めている可能性が大いにあり、それが他の取引先との条件よりも優遇したものである場合、本来子会社が得られたであろう利益、すなわち他の株主にも還元されたであろう利益が、親会社に吸い上げられることになり、不公平が生じます。

 経営陣が毅然とした態度で、政策保有株主との取引をしっかり監視することが求められています。

原則1-5【いわゆる買収防衛策】 (コンプライ率:100%)

 買収防衛の効果をもたらすことを企図してとられる方策は、経営陣・取締役会の保身を目的とするものであってはならない。その導入・運用については、取締役会・監査役は、株主に対する受託者責任を全うする観点から、その必要性・合理性をしっかりと検討し、適正な手続を確保するとともに、株主に十分な説明を行うべきである。 

 企業買収は競合先の獲得による市場シェア拡大、新事業分野進出のための手段、企業解体による売却益確保、転売狙い等様々な理由が考えられますが、資本提携が発展した形での買収でなければ買収側・被買収側の両経営陣による協力関係は期待できないため、被買収側の経営陣は刷新される可能性が大いにあります。現経営陣は買収に抵抗するのが常ですが、既存の株主が支持する買収ならば、防衛策を発動することは株主の意向に反する行為となります。株主が支持すべきではない買収申し入れであり、そのために防衛策を発動することを説明する責任が経営陣にあります。

補充原則1-5① (コンプライ率:100%)

 上場会社は、自社の株式が公開買付けに付された場合には、取締役会としての考え方(対抗提案があればその内容を含む)を明確に説明すべきであり、また、株主が公開買付けに応じて株式を手放す権利を不当に妨げる措置を講じるべきではない。

 公開買付けは、買収側が一定価格で株式を買い取る意向をすべての株主に対して示す手法で、株主が応じやすくするために価格を市場取引価格よりも割高に設定するのが一般的です。株主としては市場で売却するよりも有利に取引できるわけですから、被買収側が対抗するには公開買付価格を上回る価格で引き取ることを提案するか、将来株価が公開買付価格を上回る展望を示すことで公開買付けに応じないように説得するしかありません。対案もないのにむやみやたらに買収反対ばかりを唱えても、経営陣は信任を失うだけでしょう。

 また、敵対的買収に対して株主の倫理観に訴えるような主張を行っているケースもありますが、純粋に投資として株式を保有している株主からすれば経済合理性がない主張は無意味でしょう。

原則1-6【株主の利益を害する可能性のある資本政策】 (コンプライ率:100%)

 支配権の変動や大規模な希釈化をもたらす資本政策(増資、MBO等を含む)については、既存株主を不当に害することのないよう、取締役会・監査役は、株主に対する受託者責任を全うする観点から、その必要性・合理性をしっかりと検討し、適正な手続を確保するとともに、株主に十分な説明を行うべきである。 

 この原則は原則1-3と重複しますが、株主の利益に重要な影響を与えるような資本政策については、十分な説明を行うことで株主を蔑ろにしていないことを示す必要があります。

原則1-7【関連当事者間の取引】 (コンプライ率:100%)

 上場会社がその役員や主要株主等との取引(関連当事者間の取引)を行う場合には、そうした取引が会社や株主共同の利益を害することのないよう、また、そうした懸念を惹起することのないよう、取締役会は、あらかじめ、取引の重要性やその性質に応じた適切な手続を定めてその枠組みを開示するとともに、その手続を踏まえた監視(取引の承認を含む)を行うべきである。

 補充原則1-4②とやや重複します。取引条件等が適切に設定されていなければ、取引当事者間あるいは株主間の利益相反が発生しかねないため、通常の取引よりも厳格な枠組みのもとで管理されることが求められています。(グループ企業間取引を対象とするアームズ・レングス・ルールよりも対象範囲が広いです)

 企業がその役員と行う取引については会社法においても規定されており、適切な手続きを踏まえていなければ法令違反となる可能性もあります。

 また、税務面から収益移転の可能性も疑われやすい取引形態ですから、やはり適切な管理態勢が必要となります。


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