コーポレートガバナンス・コード 第4章(その1)

2022-05-31

ルール

 東証が公表しているコーポレートガバナンス・コードのうち、第4章「取締役会等の責務」についてです。

※コンプライ率:『コーポレートガバナンス・コードへの対応状況(2021年12月末時点)』(東証)にて公表されている各原則のコンプライ状況のうちプライム市場選択会社のコンプライ率を記載しています。


基本原則4【取締役会等の責務】 (コンプライ率:100%)

 上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、 
(1) 企業戦略等の大きな方向性を示すこと 
(2) 経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと 
(3) 独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと 
をはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである。 
 こうした役割・責務は、監査役会設置会社(その役割・責務の一部は監査役及び監査役会が担うこととなる)、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社など、いずれの機関設計を採用する場合にも、等しく適切に果たされるべきである。

 経営上の方針や戦略を示すことは株主に対して責任を負っている以上は当然のことでしょう。出資金をどのように使うつもりか示す気のない経営陣に株主は安心して経営を委託することはできません。

 適切なリスクテイクを支える環境整備とは、過剰なリスクテイクが問題であったバブル期の頃とは違い、足元では企業の内部留保が十分に活用されていないこと、すなわちリスクテイクに消極的な経営に対する問題意識から提示されています。投資に活用できる資金を有していながら現預金等リターンをほとんど生まない状態に置いていることは資本効率を悪くしており、その結果企業価値をより高める機会を見送っていることになります。経営陣としては不測の事態に備えるためという理屈もあると思いますが、そうであっても漫然と内部留保を貯え続けていいことにはなりません。

 3点目の『独立した客観的な立場』とは誰の立場か不明です。文章の主語は上場会社の取締役会ですが、独立した客観的な取締役会と読むならば、監督機関としての取締役会が求められており経営執行主体の取締役会を認めていないことになってしまいます。繰り返し登場する文言ですが、モニタリング・ボードならば取締役会、そうでない場合は社外取締役・監査役のことを指す文言と思われます。

原則4-1【取締役会の役割・責務(1)】 (コンプライ率:99.95%)

 取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)を確立し、戦略的な方向付けを行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、具体的な経営戦略や経営計画等について建設的な議論を行うべきであり、重要な業務執行の決定を行う場合には、上記の戦略的な方向付けを踏まえるべきである。

 戦略的な方向付けに沿って具体的な計画等を策定するのは当然のようにも思われますが、企業の多くでは経営陣が戦略的な方向付けを行ったうえで現場に具体的な計画等を策定させていることが頻繁に行われているのではないかと思います。経営陣の考えを十分に理解している現場ならば問題ないでしょうが、現場のやりたい事と温度差があると計画等も戦略的な方向付けに合致しないものが策定されてしまいます。取締役会は、そのような乖離が生じていないことを監督しなければなりません。

補充原則4-1① (コンプライ率:99.73%)

 取締役会は、取締役会自身として何を判断・決定し、何を経営陣に委ねるのかに関連して、経営陣に対する委任の範囲を明確に定め、その概要を開示すべきである。

 会社法において取締役会が自ら意思決定しなければならない専権事項を定めていますが、それ以外の事項は経営陣に委ねることが可能となっています。委ねられる範囲は、会社の組織設計によって異なりますが、経営判断の迅速化が可能となるような措置が設けられています。

 しかし、社長が実質的に取締役会を支配しているような場合、社長がすべての意思決定を担っているに等しく、あえて社長以外の誰かに委任する必要性は感じないでしょう。

 つまり、取締役会が経営陣に委ねている範囲を見れば、経営執行と監督の分離や、経営の分業の状況を垣間見ることができると考えられます。

補充原則4-1② (コンプライ率:91.02%)

 取締役会・経営陣幹部は、中期経営計画も株主に対するコミットメントの一つであるとの認識に立ち、その実現に向けて最善の努力を行うべきである。仮に、中期経営計画が目標未達に終わった場合には、その原因や自社が行った対応の内容を十分に分析し、株主に説明を行うとともに、その分析を次期以降の計画に反映させるべきである。

 中期経営計画の実現に向けて努力すべきとのことですが、立案しておいて遂行するつもりがないならば作った側も見せられた側も多大な労力と時間の無駄でしかありません。ポーズだけの経営計画を策定することは止めていただきたいものです。

 計画の達成状況を振り返って、よかった点は何か・課題は何かといった分析と反省がないまま居座り続ける日本企業の経営陣はよく見られます。分析の詳細までも対外的に公表するようなことは求められていないと思いますが、経営のプロならば過去を顧みたうえで将来を見据えることは欠かせないはずですし、少なくとも株主とは可能な範囲で共有すべきでしょう。

補充原則4-1③ (コンプライ率:78.40%)

 取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者(CEO)等の後継者計画(プランニング)の策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、適切に監督を行うべきである。

 後継者が不在であるために経営が安定しないようなことがあっては困りますし、経営方針等を簡単に覆すような後継者では社内に混乱をもたらすことになりかねません。

 社長が指名権を有しているならば、社長の判断で選ばれた後継者は相応しい人選とは限らず、社長にとって都合のよい人選が行われるようであれば社長個人の利益が優先され、会社利益・株主利益が損なわれることにもなりかねません。

 取締役会あるいは指名委員会が後継者選びの主体となれば、経営者に求められる資質・知見等を明確にし、可能な範囲でベストな人選が行われるものと期待されます。

 この場合に問題となるのは、執行側で候補者を選定し、指名委員会はそれを追認するだけの運営を行っている場合です。実質的には執行側が指名しているので、社長が指名している場合と何も変わりません。社長や経営執行陣の都合だけで人選がされないよう社外取締役等が監督責任をしっかり果たすことが肝要となります。

 なお、各原則(2021年に改訂・新設のあった原則は除く)の中でもっともコンプライ率が低いです。CEOの選解任はガバナンスにおいて最も肝要なポイントですから、それに関わってくる原則のコンプライ率が低いということは、ガバナンスの実効性は十分に確保できていないことを端的に表しています。

原則4-2【取締役会の役割・責務(2)】 (コンプライ率:96.46%)

 取締役会は、経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、経営陣からの健全な企業家精神に基づく提案を歓迎しつつ、説明責任の確保に向けて、そうした提案について独立した客観的な立場において多角的かつ十分な検討を行うとともに、承認した提案が実行される際には、経営陣幹部の迅速・果断な意思決定を支援すべきである。 
 また、経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。

 ここでも取締役会を主語として『独立した客観的な立場』という文言が使われています。取締役会において独立した立場にあるのは社外取締役しかいません(監査役も独立していますが、取締役会での提案を検討・支援する立場にありません)。

 新事業分野への進出等の提案があれば、十分な説明を受けたうえで社外取締役は様々な角度から検討し、承認されたならば実行をサポートしなさいというところでしょうか。

 役員報酬体系は、そのような提案を勧奨するようなものであるべきとされています。これは基本原則4にある適切なリスクテイクを支える環境整備の一環です。

補充原則4-2① (コンプライ率:86.56%)

 取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである。その際、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。

 役員報酬制度において、『健全なインセンティブ』と『客観性・透明性ある手続』がポイントとなっています。後者については簡単に言ってしまえば社長個人の匙加減で決定するような制度は相応しくないということです。前者については後半部分にもあるように業績連動報酬や現金以外の報酬の仕組みを導入することが主体となるものと考えられますが、正解があるわけではないので「適切」に設計することはなかなか難しく、常に見直しを繰り返すことになります。

補充原則4-2② (コンプライ率:80.25%)

 取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。
 また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。

 本補充原則は2021年改訂時に新設されました。補充原則2-4①・3-1③とも関連してくる補充原則です。

 サステナビリティ・人的資本・知的財産といった近時のキーワードへの経営の取り組みが中長期的な企業価値向上に資するものとして取り沙汰されています。

原則4-3【取締役会の役割・責務(3)】 (コンプライ率:99.73%)

 取締役会は、独立した客観的な立場から、経営陣・取締役に対する実効性の高い監督を行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、適切に会社の業績等の評価を行い、その評価を経営陣幹部の人事に適切に反映すべきである。 
 また、取締役会は、適時かつ正確な情報開示が行われるよう監督を行うとともに、内部統制やリスク管理体制を適切に整備すべきである。 
 更に、取締役会は、経営陣・支配株主等の関連当事者と会社との間に生じ得る利益相反を適切に管理すべきである。

 ここでは主に監督側の責務が示されています。

 社外取締役を主体に会社業績やそれに貢献した役員を評価することが求められています。適正な評価は役員の報酬に関わるだけでなく、指名にも関わってきます。評価が低ければ再任を見送るといった判断が出てくるでしょうし、もっと悪い場合には解任を考える必要も出てきます。

 適正な情報開示を監督するためには対象となりうる情報が取締役会まで適切に集まってくる態勢を構築する必要がありますし、そのためにも適切なコントロールが整備されていなければなりません。

 経営陣等の関連当事者と会社との間の利益相反管理については、言うまでもなく関連当事者の利益を優先すると会社利益の喪失に直結するため、そのようなことが生じないように監視することが求められています。会社法でも規定があるので適切な管理がなされていないと法令に抵触する可能性もあります。

補充原則4-3① (コンプライ率:98.97%)

 取締役会は、経営陣幹部の選任や解任について、会社の業績等の評価を踏まえ、公正かつ透明性の高い手続に従い、適切に実行すべきである。

 役員の指名にあたっては原則3-1にて開示した方針や手続に従うことが求められるとともに、会社の業績や貢献度合い等も考慮することとしています。信賞必罰であり、経営責任を常に明確にすることが求められているわけですが、適切な実行はどこまで実際にできているのでしょうか?

補充原則4-3② (コンプライ率:92.66%)

 取締役会は、CEOの選解任は、会社における最も重要な戦略的意思決定であることを踏まえ、客観性・適時性・透明性ある手続に従い、十分な時間と資源をかけて、資質を備えたCEOを選任すべきである。

 補充原則4-1③とかなり重複感があるのですが、4-1③は監督側の責務を対象としているのに対し、本補充原則は執行・監督関係なく取締役会の責務が対象となっています。

補充原則4-3③ (コンプライ率:90.97%)

 取締役会は、会社の業績等の適切な評価を踏まえ、CEOがその機能を十分発揮していないと認められる場合に、CEOを解任するための客観性・適時性・透明性ある手続を確立すべきである。

 簡単に言ってしまえば、CEOをいつでも更迭できる準備を整えておけということです。ちょっとでも働きが悪いCEOはどんどん更迭されることが期待されているわけではなく、企業価値を高めるために尽力しなければ更迭されるかもしれないという緊張感をCEOに持たせることが狙いです。

補充原則4-3④ (コンプライ率:99.40%)

 内部統制や先を見越した全社的リスク管理体制の整備は、適切なコンプライアンスの確保とリスクテイクの裏付けとなり得るものであり、取締役会はグループ全体を含めたこれらの体制を適切に構築し、内部監査部門を活用しつつ、その運用状況を監督すべきである。

 2021年改訂時に内容が一部変更となった補充原則です。前回はコンプライアンスばかりに囚われた監督は望ましくないとしていましたが、今回はコンプライアンスも含めたコントロール態勢を整備し、その運用状況を監督することを求めています。また、監督の対象は企業グループ全体であることが明確化されています。

 社外取締役が個別の業務におけるコントロール態勢について直に把握することは難しいため、内部監査部門を活用することについても言及されるようになりました。日本の企業では内部監査部門は社長に属した部門とするのが一般的ですが、監督側による活用に言及したことでダブルレポーティングを求めたことにもなります。


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