コーポレートガバナンス・コード 第4章(その3)

2022-06-02

ルール

 東証が公表しているコーポレートガバナンス・コードのうち、第4章「取締役会等の責務」についてです。

※コンプライ率:『コーポレートガバナンス・コードへの対応状況(2021年12月末時点)』(東証)にて公表されている各原則のコンプライ状況のうちプライム市場選択会社のコンプライ率を記載しています。


原則4-11【取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件】 (コンプライ率:81.39%)

 取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え、ジェンダーや国際性、職歴、年齢の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきである。また、監査役には、適切な経験・能力及び必要な財務・会計・法務に関する知識を有する者が選任されるべきであり、特に、財務・会計に関する十分な知見を有している者が1名以上選任されるべきである。 
 取締役会は、取締役会全体としての実効性に関する分析・評価を行うことなどにより、その機能の向上を図るべきである。 

 2021年改訂時に追記のあった補充原則です。取締役会の多様性の要素として「職歴」「年齢」が追加されました。

 取締役会および監査役会の実効性を確保するためには様々なバックグラウンドや専門的知見を有している役員で構成されていることが求められます。

 日本の企業では社内から取締役・監査役に昇格することは長らく慣行として行われており、そのこと自体は直ちに否定されるべきことではありませんが、同じ組織に長く属していたことで価値観が集約され、その結果として視野が狭くなりがちという問題が生じます。「会社の常識は、世間の非常識」と言われる所以です。外部から人材を招聘することで異なる価値観が提供され、会社が見落としていたような視点を補ってくれることが期待されます。様々な価値観を有しているメンバーで構成される組織は柔軟性がありますから、時代の変化を乗り切らなければならない取締役会として多様性は不可欠な要素です。しかし、日本人は同じ価値観を有している者同士で集まりたがるので、外形的な多様性に終始しているのではないでしょうか。

 取締役会の実効性評価も行うことも求められています。

補充原則4-11① (コンプライ率:73.07%)

 取締役会は、経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したいわゆるスキル・マトリックスをはじめ、経営環境や事業特性等に応じた適切な形で取締役の有するスキル等の組み合わせを取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべきである。その際、独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含めるべきである。

 2021年改訂時に追記のあった補充原則です。もともとは多様性の考え方を定めよという少々漠然とした内容の補充原則でしたが、スキル・マトリックスといった具体的手法が提示されました。

 具体的な例示があると企業としては対応しやすくなるでしょうが、これにより「多様性=スキル・マトリックスを埋めること」となってしまうものと危惧されます。会計・法務といった取締役会には不可欠と考えられるスキルが充足されていることを確認するうえではマトリックスは有用です。しかし、多様性の目的は様々な視点を持った柔軟な組織を構築することにありますから、その趣旨を理解せずにマトリックスを作成しているならば、それを埋めたところで取締役会の実効性向上に資することはないでしょう。

補充原則4-11② (コンプライ率:99.89%)

 社外取締役・社外監査役をはじめ、取締役・監査役は、その役割・責務を適切に果たすために必要となる時間・労力を取締役・監査役の業務に振り向けるべきである。こうした観点から、例えば、取締役・監査役が他の上場会社の役員を兼任する場合には、その数は合理的な範囲にとどめるべきであり、上場会社は、その兼任状況を毎年開示すべきである。

 社外取締役・社外監査役は取締役会・監査役会への出席だけでなく、法定委員会・諮問委員会への出席も必要となり、建設的な議論を行うためには議題について事前に十分な検討も必要となります。どの程度の時間と労力を要するかは企業によって異なりますが、社外役員の兼務は4社が限界と言われています。

補充原則4-11③ (コンプライ率:89.93%)

 取締役会は、毎年、各取締役の自己評価なども参考にしつつ、取締役会全体の実効性について分析・評価を行い、その結果の概要を開示すべきである。

 取締役会の実効性評価はやらなければ反省が生まれることもないので、やるべきではあるのですが、所詮自己評価にすぎないので甘い評価が横行しやすく、あまり当てにはならないでしょう。取締役会の実効性に改善すべき点はないと結論付けるような企業は評価が甘いと考えて差支えありません(ガバナンスを真剣に考えている企業ほど、問題なしと簡単に整理できないはずです)。課題があると評価していても1年もあれば改善できるような問題点しか列挙していないような企業は、しっかり評価している感じを出そうとしているだけと考えられますから、やはり評価が甘いと見るべきでしょう。

原則4-12【取締役会における審議の活性化】 (コンプライ率:100%)

 取締役会は、社外取締役による問題提起を含め自由闊達で建設的な議論・意見交換を尊ぶ気風の醸成に努めるべきである。 

 社外取締役が意見等を言い放つことを許すだけではそれを尊ぶ気風の醸成にはなりませんから、社外取締役の意見等に対して執行側が丁寧に対応することが求められています。

補充原則4-12① (コンプライ率:99.84%)

 取締役会は、会議運営に関する下記の取扱いを確保しつつ、その審議の活性化を図るべきである。
(ⅰ) 取締役会の資料が、会日に十分に先立って配布されるようにすること
(ⅱ) 取締役会の資料以外にも、必要に応じ、会社から取締役に対して十分な情報が(適切な場合には、要点を把握しやすいように整理・分析された形で)提供されるようにすること
(ⅲ) 年間の取締役会開催スケジュールや予想される審議事項について決定しておくこと
(ⅳ) 審議項目数や開催頻度を適切に設定すること
(ⅴ) 審議時間を十分に確保すること

 社外取締役に限定した記述ではありませんが、社内の役員は審議事項が取締役会に上程されるまでの段階で議論に加わっていることが多いため、基本的には社外取締役を対象としたものです。

 1点目は資料を早めに提供することで十分に検討する時間を確保すること、それに伴い生じた質問や追加資料要請に対応することが求められています。

 2点目は、社内の人間であれば誰でも承知しているようなことでも社外取締役にとっては既知であるとは限らないため、必要に応じて審議事項の関連情報を提供する必要があります。

 3点目は、他社役員の兼務によりスケジュールがバッティングすることを回避するという実務的な理由もありますが、いつ・何について審議するのかを予め把握しておくことで準備できるように配慮するものです。

 4点目・5点目は互いに関連する項目です。取締役会がマネジメント・ボードの企業では経営執行に係る審議事項が入ってくるため項目数が多くなります。審議項目数が多く開催頻度が少ない取締役会は当然に審議時間を十分に確保することが難しくなります。経営執行に係る審議事項は委任するなどして審議項目数は絞り込み、そのうえで十分な審議時間も加味して開催頻度を決定することが必要となります。

原則4-13【情報入手と支援体制】 (コンプライ率:99.89%)

 取締役・監査役は、その役割・責務を実効的に果たすために、能動的に情報を入手すべきであり、必要に応じ、会社に対して追加の情報提供を求めるべきである。 
 また、上場会社は、人員面を含む取締役・監査役の支援体制を整えるべきである。 
 取締役会・監査役会は、各取締役・監査役が求める情報の円滑な提供が確保されているかどうかを確認すべきである。 

 業務執行を担う取締役は必要な情報を入手しなければ適切な執行を行うことができないのは当然です。しかし、取締役・監査役が監督者として情報を入手しようとした場合、当該業務を担う部門の不利益になる等と考えることで情報提供に抵抗を示す者が出てきます。取締役・監査役はそのような抵抗に怯むことなく責務を果たすことが求められます。会社としてもそのような抵抗を排除して適切な情報提供を行うとともに、それに必要なサポートを適宜提供することが求められます。

補充原則4-13① (コンプライ率:100%)

 社外取締役を含む取締役は、透明・公正かつ迅速・果断な会社の意思決定に資するとの観点から、必要と考える場合には、会社に対して追加の情報提供を求めるべきである。また、社外監査役を含む監査役は、法令に基づく調査権限を行使することを含め、適切に情報入手を行うべきである。

 原則4-13の最初の一文の繰り返しですが、情報提供は「透明・公正かつ迅速・果断な会社の意思決定に資する」としたことで、情報の不足は意思決定の歪みに繋がるので、情報を求める側も提供する側も責任重大です。監査役に対して適切に情報を提供しないことは違法行為になりうると警告もしています。

補充原則4-13② (コンプライ率:100%)

 取締役・監査役は、必要と考える場合には、会社の費用において外部の専門家の助言を得ることも考慮すべきである。

 取締役・監査役は社内において生じる事象すべてについて専門的知見を有しているわけではないですから、場合によっては外部専門家の意見が必要となることがあります。業務執行に係るものであれ、監督に係るものであれ、費用は会社負担です。

補充原則4-13③ (コンプライ率:99.29%)

 上場会社は、取締役会及び監査役会の機能発揮に向け、内部監査部門がこれらに対しても適切に直接報告を行う仕組みを構築すること等により、内部監査部門と取締役・監査役との連携を確保すべきである。また、上場会社は、例えば、社外取締役・社外監査役の指示を受けて会社の情報を適確に提供できるよう社内との連絡・調整にあたる者の選任など、社外取締役や社外監査役に必要な情報を適確に提供するための工夫を行うべきである。

 2021年改訂時に追記のあった補充原則です。内部監査部門のダブルレポーティングについて明記されました。

 日本の企業では内部監査部門は社長が社員を監視するためのツールとして直属の組織としている場合が多いのですが、取締役会・監査役会が監督の一助として活用できるよう内部監査部門について再整理することが求められています。

 後半部分はスタッフ設置による社外役員の支援についてです。コストの問題もあるので兼務スタッフとしている企業の方が多いのではないかと思いますが、当該スタッフが所属する部門に対する社外役員の監督機能が損なわれる可能性があるため、専属スタッフのほうが望ましいでしょう。

 いずれも取締役・監査役の監督機能の実効性を高めるために実働部隊を充実させることに主眼を置いています。

原則4-14【取締役・監査役のトレーニング】 (コンプライ率:99.89%)

 新任者をはじめとする取締役・監査役は、上場会社の重要な統治機関の一翼を担う者として期待される役割・責務を適切に果たすため、その役割・責務に係る理解を深めるとともに、必要な知識の習得や適切な更新等の研鑽に努めるべきである。このため、上場会社は、個々の取締役・監査役に適合したトレーニングの機会の提供・斡旋やその費用の支援を行うべきであり、取締役会は、こうした対応が適切にとられているか否かを確認すべきである。 

 新任役員ならば取締役・監査役の職務や責任について理解する必要があるだけでなく、法務・税務・財務・株主対応といったより実務的な知識も必要になってきます。社外役員ならば企業の事業内容や経営戦略についても理解しておくことが欠かせません。役員が職務を理解していなかったり、知識が不十分であったりすることで意思決定が適切に行われず、その結果トラブルや不祥事に発展するケースが少なくありません。無用なトラブルを回避するためにもトレーニングを受ける機会を企業は提供しなければなりません。

補充原則4-14① (コンプライ率:99.84%)

 社外取締役・社外監査役を含む取締役・監査役は、就任の際には、会社の事業・財務・組織等に関する必要な知識を取得し、取締役・監査役に求められる役割と責務(法的責任を含む)を十分に理解する機会を得るべきであり、就任後においても、必要に応じ、これらを継続的に更新する機会を得るべきである。

 本補充原則では、就任時のトレーニングだけでなく、知識更新のために継続的なトレーニングを行う必要性についても明言されています。

補充原則4-14② (コンプライ率:99.08%)

 上場会社は、取締役・監査役に対するトレーニングの方針について開示を行うべきである。

 トレーニングを受ける機会を提供しますと記載された方針を開示さえすればいいようなのですが、開示にどのような意味があるのか筆者は理解できていません。方針に反してトレーニングを受けさせてもらえなかったと取締役・監査役が株主に対して訴えることが期待されているのでしょうか?



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