経緯等(報道等からのまとめ)
日興が行っていたブロックオファー取引(以下、BO取引)に関して、取引執行日に自社の自己勘定で対象銘柄を買い付ける行為が嫌疑の対象となったものです。
本件に関しては証券取引等監視委員会の調査を受けていると2021年11月に日興が公表していましたが、監視委からの照会は2020年10月より始まっており、照会後も日興は不正取引を続けていたと報じられています。
2019年12月から2020年11月にかけて行われたBO取引および自己勘定取引に関わった副社長執行役員・専務執行役員エクイティ本部本部長・執行役員エクイティ本部副本部長ら6名および法人が起訴されています。
BO取引は大口の株式取引を扱う手法の一つで、普通に市場で売却するよりもスムーズに売却が完了できるようにするものです。コーポレート・ガバナンス対応の一環で政策保有株を売却したい・発行会社等の手続きは省略したい・売却先は個人投資家が望ましいといったニーズに応えられるスキームとして利用されることが増えているようです。
日興のスキームでは、BO取引の取引価格が取引執行日の終値を基準にして決定するため、当該銘柄の購入打診を予め受けた投資家が先回りして空売りし、相場が下がったところで購入しようとします。価格が下がりすぎると売り手がBO取引をキャンセルするリスクがあるため、日興では当該銘柄を買い支えることで相場を維持しようとしていたものです。
証券会社が自ら買い注文を入れること自体に違法性はありませんが、特定の相場環境を作り出すことを目的としていることが安定操作取引に該当すると見られている事案です。
証券会社の自己売買に違法性はなくとも、疑義が生じることを避けるため他の証券会社ではブロックオファー期間中の対象銘柄の取引を制限するなどの自社ルールを設定していますが、日興ではそのようなルールは設けていませんでした。
調査委員会により発見された事項
調査委員会がまとめた報告書を日興は6/24に公表しましたが、刑事起訴中のため一部内容が非開示となっています。また、調査対象は起訴対象となったBO取引についてのみであり、それ以外の取引は調査範囲に含まれていませんし、責任の有無や所在について検討することも調査委員会の役割に含められていません。それでも162ページに及ぶ報告書を見ると課せられた役割範囲のなかでしっかり調査が行われた印象を受けます。
日興が調査委員会に対して規定した調査範囲や役割から推察すると、逮捕された役職員について逮捕されて然るべき事由があったかどうかの確認、取引当事者に非があることの確認が調査委員会に対して会社が期待したことではないかと思われます。
しかし、調査委員会は『証券会社の市場における役割や責務にもとる不適切かつ不公正な行為であった』と断定しただけでなく、会社の経営陣をはじめ各レベルで問題があったと指摘しており、明文は避けたものの実質的に経営責任を問う内容となっています。
《取引の収益性》
◎BO取引の収益性
BO取引収益は年間ピークが50億円余り(2018年度)あり、会社としても積極的に取引拡大を追求していた分野となっています。
2012年6月にBO取引を開始し、2021年のBO取引自粛までの間で計339件の実施がありました。
売り手から会社が買い取る価格は取引執行日終値からのディスカウント率2%以上、リテール顧客への売却価格はディスカウント率0.5%が基本的な取引条件として設定されていたので、会社の収益は取引金額の1.5%以上とかなりの高収益取引だったようです。
◎自己勘定取引の収益性
報告書で調査対象となった自己勘定取引の事例では、プラス収益で取引を終えているケースが多いです。
空売りに対抗して買い向かったので実勢よりも安く買えていることから、空売りが終わって相場が実勢を回復するだけでも利益が出やすくなるためと考えられます。
プラスアルファの収益が期待できるので、収益面だけで考えればBO取引について買い支えを行うことは合理性があると言えます。
《内部統制態勢》
◎コンプライアンス態勢
コンプライアンス部門では多くの不備が発見されています(筆者の経験からすると、証券業では収益貢献しないコンプライアンス等の内部統制部門を軽視する風潮が強く、それがコンプライアンス態勢の不備に繋がっているのではないかと思われます)。
コンプライアンス部門が行う売買審査においては、BO取引執行日であることを考慮せずに通常の自己勘定取引として審査していました(BO取引という相場を動かしうる情報を入手したうえで取引しているわけですから、BO取引との関連性を考慮して審査すべきでした)。
顧客勘定取引と自己勘定取引を特段区別することなく審査しているため、顧客勘定では想定されない買い支え取引は相場操縦取引の類型に含めておらず、したがって審査対象としてピックアップされていませんでした(社内にある非開示情報を利用することが可能な自己勘定取引については特別な視点をもって審査すべきでした)。
審査項目の追加は当局考査での指摘事項等外部的な契機により行われており、自ら見直すという自律的統制は働いていませんでした(BO取引の拡大を受けて審査項目が十分か再検討すべきでした)。
BO取引に関する情報は法人関係情報に準じた取り扱いとして情報管理対象となっていたものの、それら情報を利用すべきでない自己勘定取引部門と共有されていました(情報管理を徹底すべきでした)。
BO取引スキームの適法性については、空売りリスクが増大・取引件数が増大してから検証されることはありませんでした。導入時に整理済み、所管部署からの問題提起がない、といった無責任体質が根底にあったようです(自己勘定取引も含めてスキームの適法性を検証すべきでした)。
◎内部監査態勢
内部監査は事前アンケートで高リスク業務としてBO取引が挙がっていることを認識しながらも監査対象に含めていませんでした(申告を受けても何もしないならば何故アンケートを実施したのか意味不明です。コンプライアンス部門同様、機能不全を起こしています)。
◎内部通報制度
自己勘定取引に関して内部通報制度は利用されていません。
ただし、法令違反・不正行為等に関する通報は労務管理関連の通報に較べると件数が僅かであり、通報窓口が機能していない可能性があります。
◎スキームのリスクについての検討
空売りによる株価下落リスクはBO取引スキーム検討時より問題意識があったことが確認されています。しかも、スキームが投資家のあいだで知れ渡るようになるにつれて価格下落リスクがより大きくなり、売り手が日興を敬遠したりすることでビジネス上のリスクとしても社内で懸念されるようになります。
価格下落リスクを排除する方法としては投資家に予め購入打診しないワンデイオファーのスキームがあったものの、ニーズが読めないため売れ残りリスクが大きいことからスキーム切替の検討は行われず、従来のBO取引を継続していました。
《経営の関与》
◎経営陣の認識
契約社員への賞与支給について副社長が社長宛てに送ったメールの中で、他部門への貢献事例としてBO取引時に自己勘定取引を用いて株価を支えたことが挙げられていました。社長自身はこの箇所は読んだ記憶がないとしているので認識は不明ですが、少なくとも副社長は自己勘定取引による買い支え行為があることを認識していたことが分かります(賞与査定の評価事例としているので違法性の認識は無かったかもしれません)。
取締役会・監査等委員会はBO取引の空売りリスクについて経営執行サイドより報告を受けておらず、したがって議論もされていません。
《調査委員会の結論》
調査委員会は本事案について以下のように判断しています。
『該当銘柄の株価の大幅な下落を避けようとする意図・目的があったが、それが「安定操作取引」に該当するか否かはともかく、人為的に価格形成をしたとの疑いを抱かせるような行為であったと認めざるを得ない。したがって、公正な価格形成を確保するという金商法の理念に反し、証券会社の市場における役割および責務にもとる不適切かつ不公正な行為であった。仮に、空売りによる下落からの回復を目指すものであったとしても、許容する法的根拠はなく、空売り自体がBO取引の買い手への勧誘の結果であるから、正当化されない。』
つまり、違法性があるかどうか以前の問題として、プリンシプルとして問題があるということです。大手証券会社としての在り方に疑問符を付けられたわけですから由々しき事態です。
また、買い支えの意図・目的があったことを認定したことから、BO取引の買い手はより高い価格での買い取りを余儀なくされるため、本自己勘定取引は利益相反行為にあたるとも調査委員会は整理しています。つまり、リテール投資家が損害賠償請求を行うための根拠を提示しているので、日興は訴訟リスクも抱えたことになります(証券会社は訴訟リスクをあまり怖れないところがあるので、本件によるリスクも気にしていないかもしれません)。
日興の組織態勢における問題点
調査委員会が列挙した問題点は以下のとおりです。
自己勘定取引に係る業務指針の不備・曖昧さ
自己勘定取引の担当部署における規律の不足
自己勘定取引に係る審査の実効性の欠如
自己勘定取引に適用する措置基準の不備
いわゆる「イベント審査」の不備
・社内全般にわたる規範意識の希薄性
現場レベルの規範意識
経営レベルの規範意識
・ガバナンス態勢全般の機能不全
売買管理部の態勢自体の脆弱性
売買管理部の人材配置の不備
売買審査担当者の人員不足等
コンプライアンス関連部門全般の牽制機能の脆弱性
問題発見及びレポーティング態勢の不十分性
第1線を牽制する積極的な意欲の乏しさ
リスク分析の不十分性及び継続的な検証サイクルの欠如
コンプライアンス部門5部署の相互関係の不明確さ
取締役会等へのレポーティング態勢の目詰まり
部門横断的なビジネスを俯瞰しリスク管理を行う態勢や主体の不存在
法令解釈を全社的に統一して判断・提示する責任部署の不存在
内部監査部門の監査機能の不十分性
過去の不祥事事案の反省を活かせない経営体質
内部通報制度の機能不全
・人事政策におけるコンプライアンスの位置付けの弱さ
これら問題点のうち筆者の目に留まったのは「経営レベルの規範意識」の項目です。
ここではコンプライアンスについて経営陣が徹底を図る努力が不足していたことを指摘しているだけでなく、経営陣の規範意識そのものが低レベルであることも指摘しています。
取引を認識していた役員は是正措置を講ずる機会があったにも関わらず何もしなかった、認識していなくともそのような取引が行われるリスクについて適時モニタリングする態勢の構築を怠っていたと厳しく糾弾しています。
文面にはしていませんが、役員の善管注意義務違反を指摘したも同然です。
再発防止策提言
調査委員会が提示した再発防止策は以下の通りです。
① 自己勘定取引の在り方を含む業務運営の見直し・総点検
② 全社的な規範意識の向上と人事政策の改善
③ 経営陣の明確なコミットメントと任務遂行
(1)経営陣によるメッセージ及び現場との双方向のコミュニケーション
(2)取締役会等の活性化
④ コンプライアンス態勢の強化
(1)コンプライアンス関連部門のマインドセットの強化
(2)実効的なレポーティングルールの整備
(3)責任部署の明確化及び継続的な検証サイクルの定着
(4)リスクの存在を前提とした内部監査の実効性向上
(5)人的・物的な資源配置についての見直し
⑤ 不正の芽を早期発見し、迅速に対処し、業務改善につなげるサイクルの定着
(1)不正の目を見逃さない体制整備
(2)早期発見・迅速対処・業務改善のサイクルの企業風土化
調査委員会による問題点の指摘は経営レベルにまで及んでおり、会社の在り方が問われています。日興は、不適切な取引を検知するコンプライアンス態勢の不備が指摘される程度と考えていたのだとすると、予想に反した重たい宿題を抱えることになりました。
再発防止策も様々な方面に及んでおり、コンプライアンス態勢の強化はその一部に過ぎません。これらの再発防止策は一部だけを実施してもたいして効果がなく、全面的に実施する必要がありますが、そうなると会社を実質的に再構築することになります。
果たして日興は会社再構築を遂行するだけの覚悟があるのでしょうか。過去の事案において売買管理部の強化でさえ本気で取り組むことがなかった会社に、そのような大々的な改善策を実施できるとは到底思えません。
経営責任の特定は本調査の目的範囲に含まれていませんが、関係各部門における責任だけでなく、実効的な内部統制態勢の構築を怠ってきた経営陣の責任は重いと言わざるを得ません。
自己勘定取引を認識しながらも何も声を挙げなかった役員はすべからく責任の一端があり、認識の有無にかかわらずBO取引とそれに係る自己勘定取引について何も検証してこなかったコンプライアンス所管・内部監査所管の役員は責任が大きいのではないでしょうか。
しかし、そうなってしまったのも内部統制が正常に働くように留意してこなかった経営陣に最大の責任があり、収益至上主義からの転換を図ってこなかったツケが回ってきたと言えるでしょう。
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